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ハレバレとにっこり笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

卒業論文で得られるもの ⑧卒業証書

卒業論文

この答えは盲点だった。

かなり馬鹿馬鹿しい答えに見えるが、意外と本質的な問題だとも思う。

 

これがなければ大学生のほとんどは卒論なんてやろうと思わないんじゃないか。

 

つまり、

「強制されてやるか」、「自発的にやるか」

という問題がこの一見馬鹿らしい答えの背後に潜んでいるのだ。

 

僕自身、こんな面倒臭い作業は、

「卒業証書」というご褒美、裏返せば「留年」という危機感がなければやろうと思えなかっただろう。

 

「強制されてやる」という立場に立つ場合、

「留年」という危機感がベースになっている。

 

逆に「自発的にやる」という立場に立つ場合は、

「卒業証書」というご褒美がベースになる。

 

 

これは結構汎用性の高い構造じゃないかと思う。

 

締め切りに追われる仕事は、「強制されてやる」という立場に近いし、

前倒しで進めた仕事は「早く結果が欲しい」という立場に近くなる。

 

「自発的にやるか」「強制的にやらされるか」

そのどちらの立場を選ぶのかで全く違う立場に立つことになる。

 

トムソーヤーの話にこんなエピソードがあった。

 

ある日、壁のペンキ塗りを頼まれたトムソーヤーは、なんとかこの面倒な仕事から逃れたいと思った。

そこで「めちゃくちゃ楽しそうに」壁を塗り始めたのだ。

それを見た友達たちは「さぞ楽しいにちがいない」と思い始める。

そこですぐにペンキとブラシを渡すほどトムソーヤーは馬鹿ではない。

「だめだだめだ、この仕事はたまらなく楽しいんだから誰かにやらすのはもったいない」とまためちゃくちゃ楽しそうに壁を塗り始める。

焦らしに焦らされた友達の少年たちはとうとう懇願するようになる。

「頼むからボクにもやらせてくれないか。ほんのちょっとでいいから」

 

 

これでトムソーヤーは壁のペンキ塗りから解放されるわけである。

実はこの話には続きがあった、と勝手に想像してみる。

最初は楽しそうなフリでやっていたにすぎないペンキ塗りが意外と奥深いことに気付き始め、トムソーヤーが「ガチ」で塗り始める。という展開である。

 

確か、脳科学的にそんな現象があったと思う。

他にも「ちょっと机の上だけ片付けよう、と思っていたら気付いたら部屋中の掃除に発展していた」とかはよく思い当たる。

 

 

何が言いたいかというと、卒論という超面倒臭い作業をあたかも楽しそうにしてみると、どうなるか?ということである。

 

もうお気づきかもしれないが、このシリーズは無理やりに「卒論を楽しんでやるにはどうすればいいだろうか?」と考えた末に始めたシリーズだった。

 

だが、楽しいフリではなくて、本当に「あれ、意外と卒論も面白いな」

と思える場面も多々あったのである。

 

もうすぐ卒論の提出日だ。

このシリーズもそろそろネタが尽き始めてきたのもあり、ちょうどいいのでそろそろ終わりにしようと思う。

 

今度は何書こうかな。。