ハレバレとニッコリ笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

オジサンになっても格好いいのが本当にカッコいい男だと思う。

常々、タイトル通りのことを思っている。

 

若い時は、ご先祖様の血のおかげで華々しいオーラをまとっていたとしても、

中身が伴わなければ、いずれ、その輝きも失われていく。

 

一方で、若い時はあまりパッとしなくても、オジサンになるにつれて、

不思議な貫禄と、矜持と、余裕、などがにじみ出て、

「なぜだか知らないけど、カッコイイな!」

と思う人は、本当にカッコいい。

 

俳優さんとかでも、中年俳優の渋い感じがマジでカッコイイと思う。

福山雅治さんとか、阿部寛さんとか、渡辺謙さんとか、あげればキリがないけれど、

本当に渋くてカッコイイ。

(なかでも個人的に断トツで最強だと思っているのは、故、三船敏郎さんだ。「用心棒」「椿三十郎」はマジでカッコ良い。)

 

あと、普通に町の魚屋さんとか、工事現場の監督とか、ラーメン屋の店主とか、

居酒屋のマスターとか、そういうところにもこういう「渋いオジサン」は見られる。

 

なぜなのだろう?

 

なぜ、彼らは中年になっても、いや中年だからこその格好良さを身につけることができたのか?

 

それは、やはり「カッコつけ」ていないからだと思う。

 

kazfumi.hatenablog.com

 

また、あるデザイナーの言葉に、以下のようなものがある。

 

優れたデザインとは、付け加えるものが何も無くなった状態のことではなく、何も削る箇所が無くなった状態のことをいう。

 

まさに、このイメージ。

 

彼らは、彼ら自身で勝負し続けてきたから、カッコイイのだ。

役職とか、肩書きとか、「自分自身」とは本来なにも関係ないところで勝負している人はあまりカッコよくない気がする。それはやはり「カッコつけ」ているからではないか。

 

ぼくはキングコング 西野さんのファンで、何度かトークショーなども聞きにいったことがあるのだが、

彼もどうやら同じ考えのようだ。

彼も肩書きはどうでもよくて、なにをするか、を重視するスタンスをとっている。

 

彼は口先だけでなくて、本当に行動してしまうところにその格好良さがある。

肩書きではなくて、実際に「何をするか?」を重視している。

 

西野さんは「デビュー当初、売れてはいてもスターにはなれていなかった」と自己分析していたが、それも、今回の話に関わってきそうだ。

 

つまり、一般的な「お笑い芸人」という肩書きで勝負しようとしていたためではなかったか?

 

それに気付いた西野さんは、「西野亮廣」という個人、彼自身で勝負をしかけることになる。

そして、今日、正真正銘のスターになりつつある。

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西野さんはまだ「オジサン」と呼ぶには若すぎるけれど、いずれ、カッコいいオジサンになるのだろうな、ということが予想できる。

 

 

まとめると、

カッコいいオジサンは、長年、余計なものを削ぎ落とし続け、

最終的に「自分自身」で勝負することができるようになったことで、

その格好良さを身につけたのではないか?という仮説。