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ハレバレとにっこり笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

厳しい人ほど優しい。

どんなことでも頭から否定せずに「いいね!」と言ってくれる人。

手取り足取り、全てを懇切丁寧に教えてくれる人。

こういう人ももちろん優しいには違いない。

 

自分が苦労した分、後進の人には同じ苦労をさせたくない、という親切心から、丁寧に教えてくれる人だ。

母性的な人。

 

逆に、

職人気質の人、いちいち最初から丁寧には教えてくれず、

やり方が分からなくて途方にくれていても、手助けしない人。

甘い考えだと思えば、一切の同情なく、切り捨てる人。

父性的な人。

こういう人も、優しいに違いない。

 

後者の人は、全く優しくない、ただの傲慢で恐怖政治的な権力を握る人と混同されがちだ。

「厳しさは優しさのうち」というロジックを悪用して、利益を独り占めしようとする人だ。

ブラック企業などはその典型。

両者は似て非なる。全く別の人種だ。

 

そうではなく、優しさが根本にあるが、表面には出てこない人。

 

厳しい人は、何度でも何度でも、「ノー」と言える人だ。

違うと思えば、「違う!」と突き返す。

理由は説明してくれない。

自分で見つけろ、と。

 

自分でやっちゃった方が明らかに早いのに、

わざわざその人にやらせようとする。

そうしなければ、「ノー」といわれた意味が自分でわからなくなるからだ。

なぜ「ノー」なのか自分で考えなければ、一生、成長しないとわかっているからだ。

 

そうした過程を経ることで、

指導する側も、される側も、長期的な利益を得ることができるのだ。

 

厳しい人は、長期的な視点を持つことのできる人だ。

安易に優しく教えてしまうと、その場ではすぐできるようになるかもしれないが、

似たような問題に直面したときに自力で解決できなくなってしまう。

すぐに外部に助けを求めるようになってしまう。

 

厳しい人は、「まず、自分でやれ」と突き放す。

突き放すが、それで失敗したとしても、それをやらせた責任は自分にあるので全ての責任を引き受ける。

 

「エセ」厳しい人、「厳しさも優しさのうち」ロジックを悪用する人は、

「まず、自分でやれ」と突き放すところまでは同じかもしれないが、

失敗したら、全てその人の責任にしてしまうところが違う。

単純に教えるのが面倒臭いから突き放したにすぎない。

 

「悩み相談」などにも乗らない。

「自分で考えろ」としか言わない。

しかし根本には優しさがあるので、

ポロっと、一言重要なことを教えてくれたりする。

もしくは、ヒントになるような本をポンっと机に置いといたりする。

 

卑しい態度ですり寄ってくる人には拒絶反応を示す。

気に入られようとする態度など、全て筒抜けだから。

そういう人は、安易に教えを請おうとするとわかっているから。

そういう人には初めから相手をしない。

拒絶する。

それでもしつこく来る人だけは、本当に教えを請う覚悟があるとみなして、

受け入れる。

 

「あなたのためを思って、厳しくしたのよ」

というセリフは、本当に厳しい人なら絶対に口にしない。

そういうことをいう人は、結局は自分の望む方向に人を従わせようとする人だ。

 

そしてなにより、厳しい人は、自分に一番厳しい。

安易な教えを請おうとしたり、楽な方法をとろうとはしない。

かといって、わざわざ非効率的な方法をとって、頑張っているアピールをするわけでもない。

楽なことと、効率的なことは別問題だ。

 

 以上のことは、ぼくが本や人や映画を観て学んだことだ。

自分でできていることでは全くない。

こうして文章化しておくことで、頭が整理できるから、書いた。

最後に、僕が思う、厳しい人のお手本的存在として、「椿三十郎」を挙げておく。めちゃめちゃカッコいいのでぜひ。

 

椿三十郎[東宝DVD名作セレクション]

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