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ハレバレとにっこり笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

嘘をつくことは、非効率的だ。

生き方 考え方

「嘘つきは泥棒の始まり」

とは子どもの頃からよく聞かされることだが、

そもそも、嘘をつくことがなぜ悪いことなのか?

僕なりの考えを記したいと思う。

 

嘘をつくのは効率が悪い

倫理的にどうとかいう前に、

単純に、嘘をつくのは効率が悪い

一つの嘘をつくと、その嘘を成り立たせるために、さらに別の嘘を捏造し、

「ああ、あの嘘がほころびたら、バレてしまうから、また別の嘘を・・・」

というように、どんどん、嘘の連鎖が広がっていく。

嘘に嘘が重なって行くと、いずれは結局ほころびが生じる。

また、

「あの嘘バレないかな・・・バレたらどうしよう・・・」

と余計なことまで考えなくてはならなくなるので、精神衛生上も良くない。

 

そもそも、なぜ、嘘をつかなければならない状況になっているのだろうか?

嘘は、なにかしら不都合なことが起き、それを隠蔽しようとして発生する。

嘘をつく以前に、不都合なことが解消してしまえば、嘘をつく必要もなくなる。

嘘をつく、ということは、その不都合なことがバレるギリギリ手前の状況になっているということで、そもそも手遅れな状態に近い。

そこで嘘をついてゴマかせたとしても、問題そのものはなにも解決できていないので、

さらに問題が大きくなっていく可能性がある。そして嘘がばれた時には、もうどうしようもないほど大きな問題に発展しているのだ。

そして決まってこう言われる。

「もっと早く対処しておけば、ここまで大きくならずに済んだのにね・・・」と。

 

嘘をつかなければならない状況になっているということは、そもそももう手遅れなのだ。

さっさと、根本治療を施したほうが後々のためだ。

 

自分にも嘘をつくようになる

そして、嘘をつくと、自分にも嘘をつき始めるようになる。

自分にも嘘をつく、とは、

自分の価値観に疑問を抱くようになり、

すべてのことに懐疑的になるということだ。

「おれは嘘つきだ」という自己認識ができてしまうと、

「おれは、コレがいい!コレが絶対楽しい!コレが一番いいはずだ!コレがやりたいんだ!」

という価値観のもと、行動できなくなる。

堂々と振る舞えなくなる。

そうなると、ハレバレとした生き方は望めない。

 

生き方レベルでも、非効率な人生となる可能性が高い。

死ぬ間際に「もっと自分に正直になっておけばよかった・・・」

と後悔しながら死ぬことになる。

 

まとめ

嘘をつくことは、あらゆる面で、非効率的なのだ。

他者への嘘は、嘘をつかなければならない状況になっている時点で、もう手遅れな場合が多い。

いずれはバレるか、またさらに大きな問題になるだろう。

 

そして嘘をつくのに慣れてしまうと、自分にも嘘をつくようになる。

自分に嘘をつき始めると、人生レベルで非効率になるということだ。

前に、自己肯定感は無理やり出すべきものではない、という記事を書いたが、

 

kazfumi.hatenablog.com

 そうした無理やりひねり出した自己肯定感は、自分への嘘となっている可能性が高い。

 

自分に嘘をついている人は、「あ、この人なんか抱えてるな」と一発でわかってしまう。

人の直感というものは恐ろしいもので、本人がいくらうまくゴマかしているつもりでも、そういう「空気」は出てしまうものだ。

 

そうした空気を消すためには、

自分への嘘を消すことだ。

醜いところがあれば、正直に見つめ直すこと。

ダメなやつなんだと思ったら、素直に「ああ、おれはダメなやつなんだな」と認めてしまう。

そこからしか、道は開けない。

 

単純に、楽しく生きるためには、

嘘をつくのは非効率的なやり方で、

正直に生きたほうがラクだというだけなのだと思う。