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ハレバレとにっこり笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

愛のない批評は批評ではない。

考え方

「批評家」ときいて、あまりいいイメージを持たない人も多いのではないだろうか。

 

「なんで、あんなに上から目線でモノがいえるんだ?」と。

 

自分では一切行動しないのに、高みの見物的に、超上から目線で

「あの作品はあそこがああでこうで〜だからダメだ

「あれはああだけど、本当はこうでなければならない、だからダメだ

的なことを言っているイメージ。

つまり「ディスる」ことしかしないというイメージがある。

自分では一切なにもしないのに、いちゃもんつけるだけ。

だから「批評家」のイメージは悪い。

 

しかし、ディスるだけの批評は、批評ではない。

いちゃもんだけ言っているのは批評ではない。

 

批評は「アレはなんでああも素晴らしいのか?」を解明するためにやるべきなのだ。

つまり、愛がなければ本当の批評はできない。

 

僕は最近、小林秀雄の本にハマっている。

日本を代表する批評家だ。

彼も言っている。

「批評とは人をほめる特殊の技術だ」

と。

(考えるヒント「批評」より引用)

 

考えるヒント (文春文庫)

考えるヒント (文春文庫)

 
  • 批評とは、対象を正しく評価しようとする行為であり、正しく評価するためには、その対象の本質を明らかにせねばならず、そのためには他のものとの違いを明らかにしなくてはならない。その時に批評が生まれる。
  • 他人をけなすのは「ただの自己主張」に過ぎない、純粋な批評精神とは自己主張を抑えたものだ

とも言っている。

 

僕が最近、すごいなーと思った批評に、『君の名は。』を「線」に着目して読み解こうとする以下のリンクのものがある。

ecrito.fever.jp

君の名は。』が本当に好きなんだなーということがにじみ出ている。

君の名は。』愛がすごい。

これこそ、小林秀雄の言う、「人をほめる特殊技術」の良い具体例だ。

 

 

一方、

僕が先日書いた、『えんとつ町のプペル』に関する記事はどうだろうか。

 

kazfumi.hatenablog.com

 

あらためて読み返してみると、

「コイツ、まじで何様だ?」

と感じる。

自分自身で、イラつくぐらいに。

ということは、批評にみせかけた、ただのディスりだったのだ。

「愛」が足りなかったのだ。

 

少しだけ弁明しておくと、

この記事で言いたかったのは、『えんとつ町のプペル』は絵本だけではそのポテンシャルを発揮しきれていないのではないか、ということだった。

というより、絵本以外の部分を知らないままでこの記事を書いていたので、それまでの西野さんの絵本作品と比べて、「ナマナマしさ」「美しさ」が足りなくなっている、ということを言っている。

しかし、この記事を書いた後になって、『えんとつ町のプペル』の美しさは、絵本以外のところにも重点を置いていたのではないかということに気づいて、

 

kazfumi.hatenablog.com

この記事を書いた。

 

それまでの西野さんの作品は絵本で完結するように書かれていたので、「ナマナマしさ」「美しさ」も絵本の中に凝縮されていた。

一方の『えんとつ町のプペル』はそれまでの作品と比べてどうも「ナマナマしさ」「エグみ」に欠けるのではないか、と思っていたのだが、

そういうものは、もう絵本から飛び出して、「体験」として表現しようとしているのかもしれない、ということを言っている。

 

 

しかし、絵本そのものも間違いなく素晴らしいのに、ディスってしまっている印象を否めない。

自分は一切制作に携わっていないのに、「絵本以外のところに美しさがある」とか何様だよ、と思う。 

 

しかし、たしかに綺麗だが、「ナマナマしさ」「美しさ」がそれまでの作品と比べて薄くなってしまっているのではないか、という印象は僕が本当に感じたことだった。

たしかにただの自己主張ではあるが、実感として感じたことだった。

それを表現するためには、ああいう記事を書くしかなかった。

 

「上から目線だ」と指摘されたら、たしかに、そうです、としか言いようがない。

「ああだこうだ言うだけで、まったく行動しないお前は何様だ?」といわれればそれまでだ。

イチャモンつけて、それで満足しているだけじゃないか。

えんとつ町のプペル」の凄さに嫉妬していただけなのかもしれない。

実際、初めて「えんとつ町のプペル」を読んだときはものすごく感動した。

それを素直に表現すればいいのに、カッコつけて偉ぶっている。

 

まだまだ努力が足りない。だから「上から目線」になってしまっている。

つまり、批評でもなんでもなく、ただの揚げ足取りの、ディスりに終わってしまっている。

本当に「えんとつ町のプペル」を理解していたとはいえない。

 

 

批評するというのは、難しい。

人を褒めるのも難しい。

どうしても「上から目線」になってしまいがち。

 

もっと努力しなくては、と思う。