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ハレバレとにっこり笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

京都の有名飲食店でバイトして得られたもの

考え方 生き方

ぼくは、京都のちょっとした有名飲食店でバイトをしている。

某口コミランキングで1位になったり、雑誌などにも載ったりしている。

忙しい時期になると、平気で1、2時間待ちになってしまうようなお店だ。

ちなみに懐石料理などのガチで京都っぽいお店というわけではない。

先にお断りしておくと、京都っぽい情報は特にないのであしからず。

 

このバイトは大学2回の秋から始めたので、もう2年以上お世話になっている。

もうすぐ大学卒業なので、このバイトも卒業する。

そこで、このバイトでぼくはなにを得られたのかを振り返ってみたいと思う。

 

処理スピード

まず間違いなく、作業の処理スピードがあがった。

特に家事などの単純作業。

ぼくは一人暮らしをしているので、これはかなり実感している。

皿洗いとかめちゃくちゃ速くなったし、洗濯、掃除も要点を押さえてきれいにパパッと素早くできるようになった。

家事以外でも、「どうすれば速く効率的にできるか?」を考えるクセがついたので、作業効率が全般的にあがったと思う。

 

前述したように、ぼくが働いているお店は忙しい時は本当に忙しい。

お客さんが帰ったあと、食器など全て下げて、次のお客さんのための席をセットしなくてはならない。

全席、だいたい2時間ごとにお客さんが入れ替わるので、その入れ替わりタイミングは本当に地獄のような忙しさになる。

もちろん、その間にも下げものは常にあるので、休む間がない。

店中の下げものがたった一つのシンクに集められるのだ。

 

とにかくスピードが命になる。

効率よく、的確にさばいていかなければ、全く間に合わないのだ。

 

食洗機もあるにはあるのだが、こびりつき汚れなどある程度はやはり手で落としてからかけなければならない。

皿洗いごとき、となめてかかっていると地獄をみることになる。

一つ一つの作業の効率をあげていかないと、本当にあっという間にシンクがいっぱいになってしまうのだ。

 

具体的にはデカイものから順番に洗っていくこと。

そして食洗機をつねに動いている状態に保つこと。

洗いあがったら、すぐ次の食器をまた食洗機にかけるのだ。

この入れ替え作業もパパッと効率よくするために、洗いあがった食器はすぐその場で同じ種類、同じ場所のもので仕分け、すぐ片付ける。

洗いあがったばかりの食器はかなり熱いが、そんなことを言っていられない。

そのため、手の皮膚がかなり頑丈になった(笑)

 

こんな感じで、全ての作業をいかに効率良く回転させていくかを考える環境だったので、自然とそういう思考回路が身につき普段の生活でも非常に役立っている。

これは今後の人生でもずっと活用していくスキルだと思う。

 

同時処理スキル

次に、これをあげようと思う。

一つ一つの作業の処理スピードが上がるとともに、

複数の作業を念頭に置いて作業するスキルがついた。

「次はあれをしなきゃ、その次はあれ」みたいに。

 

ぼくの働いているお店はそんなに大きい店ではないので、

いろいろなことを同時平行で処理しなければ回らないのだ。

シンクがカウンター席と対面式(高低差があり、手元は見えない)なので、カウンターのお客さんの接客をしつつ、膨大な量の洗い物をしなくてはならない。

その合間にドリンクも作るし、できあがった料理を運んだりもしなくてはならない。

料理を運んでいる最中にお客さんに「すいませーん」と声をかけられることもしょっちゅうだし、その聞いた注文を忘れずに伝票に書いて、厨房まで通さなくてはならない。

お客さんの食事の進み具合も確認して、出す料理のタイミングなども考えなくてはならない。

慣れの問題といってしまえばそれまでだけれど、こうした複数の作業をこなすクセがついたので、普段から「これ終わったら、次あれやろう」みたいに、考えるクセがついたし、なにをやるにしても効率のよい順番を考えるようになった。

 

接客スキル

といってもそんなに大したことはできないのだけれど、やはり1日に何人も何十人ものお客さんを相手にしていると、接客スキルと呼ぶべき能力がついてくる。

「あそこのお客さんはなにか飲み物を欲しがっているな」とか

「あそこのお客さんはそろそろ帰りそうだな」とか

だいたい予測がつくようになってきたし、

例えば女性2人での来店とかであれば、おすすめのデザートなどを勧めたり、会社員のグループなどであれば、「おかわりいかがですか?」といってビールを勧めたりする。

あと、とにかく明るく、愛嬌をもって接客するということが大事だと身にしみてわかるようになってきたので、普段から表情などに気をつけるようになった。

愛嬌なんて努力してだすもんじゃない、という見方もあるだろうけれど、やはり意識するしないでだいぶ変わってくるのは事実だ。

バイト入りたての頃は、皿洗いやドリンク作りなどで精一杯で接客までなかなか気が回らないことも多かったけれど、慣れてくるに従ってどんどん身につけていった。

なにも難しいことはなく、とにかく笑顔でデカイ声していれば問題ない。

ときどき、お客さんとも話が弾んで笑ったりするので、楽しい。

アンケートなどでも「接客が良かった」と書かれると、やっぱり嬉しい。

たいりょく

あえてひらがなにしたのは、体力と耐力、両方の意味があるからだ。

とにかく忙しく、いつも走り回っているようなバイトだったので自然と体力がついた。

少々のことではヘコタレない耐力もついた。

 

6時間以上、ほぼずっと立ち続けで、ほとんど手を休む間がない。

これで体力がつかないわけがない。

やることも多くて、何度か心が折れそうになるけど、その度に「なにくそ」と意地でも乗り切った。

ときどきお客さんでも「モンスター」的な人がくることがある。ふん反りかえっていばり散らすやつ。そんな人でも一応お客さんだから最低限の対応はしなくてはならない。内心めちゃくちゃイラついてても、表面上は冷静にしなくてはならない。

そういう精神的な耐力もついた。

 

最近よくブラックバイト問題などが取りざたされている。

確かに度を超えてキツいことをやらされるバイトは違法だし、さっさとやめるのが正解だと思うけれど、ある程度のキツさがないバイトもそれはそれでつまらないだろうなあと思う。

のうのうと楽して儲けられるバイトなんて探せばいくらでもあるだろう。

たしかにそういうバイトを探してやるのも一つの手だとは思う。

賢く自分の能力と照らし合わせて、要領良く稼ぐタイプ。

 

しかしぼくみたいに、そこまで賢くない、要領の悪い人は一度キツい、しんどいバイトも経験するのも一つの社会勉強になると思う。

ぼくはこのバイトを始めるまでは本当にトロかったし、要領も悪かった。

しかし無理やりにでも要領をよくしなくてはついていけない環境に置かれたことで、普段の思考回路というか、行動パターンも自然と変わっていった。

人間スキルの底上げをしたいなら、少々荒いかもしれないが、しんどい環境に身を置くのは結構手っ取り早い方法かもしれない。

 

根性とか努力とか、そういう言葉がいまブラック企業問題と結びつけられて敬遠されがちであるけれど、やはりなにかをするにはそういう泥臭さみたいなのも必要になってくると思う。

「たいりょく」をつけるには、忙しい飲食店のバイトは結構いいかもしれない。

 

そしてしんどい中でも、「楽しくやったほうがいい」というスタイルを貫くことで、結構楽しくなる。お客さんと話すのも楽しいし、社員さんとかと冗談を言い合ったりするのも楽しい。しんどいしんどい言っているだけではなにも生まれない。

「楽しくやろう」と意識するだけでだいぶ変わってくる。

そういう体力が身につくのだ。

 

おわりに

振り返ってみれば、本当にいろいろ勉強させてもらったなあと感慨深い。

このバイトで得たものは絶対に今後の人生においても役立つと思う。

 

このバイトに入りたての頃は、もう本当にしんどくて、キツくて、何度もやめようと思った。

「なんでバイトごときが、こんなにしんどい思いしなくちゃならないんだ?」と。

他に探せばラクしてもっと稼げるバイトもあった。

しんどいバイトはさっさと辞めてしまって、そういう効率よく稼げる環境に移る、というのも賢いと思うし、いろいろなバイトを経験することで社会経験を積むのも悪くないと思う。

しかし、ぼくは人一倍要領が悪くて、「たいりょく」もぜんぜんなかったので、

「ここで辞めたら、おれはあとで絶対苦労する」と意地でも張り付いた。

しんどいから辞めた、というのは「負けた」と認めるような気がして嫌だった。

本当にブラックなバイトであれば、さっさとやめるべきだが、ぼくの働いていたところはしんどいけれど、ブラックではなかった。

 

「生産性」というワードが最近よくとりあげられる。

飲食バイト、それも食器洗いとか伝票システムとか、料理を運ぶといったことは、

「ロボットやAIに置き換わるからやっても意味ない!生産性低い!」とかいうこともできるのかもしれない。

たしかにその作業自体にはあまり意味はないし、明らかに生産性低い場面もたしかにある。

しかし、重要なのは、そういうしんどい作業を通して自分の「たいりょく」をあげることなのだと思う。

 

そしてしんどい中でも「接客」があるために、「楽しくやる」ということを最初は無理やりにでも意識しなくてはならない。

「タノシイ、タノシイ、タノシイ」と無理やりに引きつった笑いを浮かべる危ない方の「無理やり」ではなくて、しんどい中に「楽しさ」を見つけようとする意識だ。

皿洗いなどの単純作業でつまらないようなことも「どれだけ速くできるだろうか」というゲームにしてしまう意識。「楽しむ」ということ。

これが意識できるようになったのも大きかった。

それがあるからこそ、ぼくはこのバイトを2年以上も続けてこれたのだ。

 

あと数日で、このバイトも卒業だけれど、青春時代の良い思い出になったと思う。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。