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はればれとニッコリ笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

悪いやつはとんでもないところにいる。危ない危ない。

黒澤映画が好きな人であれば、このタイトルにピンときたのではないだろうか?

椿三十郎』の中のセリフである。

 

kazfumi.hatenablog.com

 

 

本当にその通りだ。

悪いやつはとんでもないところにいるのだ。

 

いかにも悪そうでコワモテの人は、話してみれば意外と情に厚くて面倒見のいい優しい人であることが多い。

 

本当に悪いやつは、ぱっと見はいい人そうなのである。

そして言うことも、態度も、いい人っぽいのだ。

しかし、その本心、本音では、自分に得になることしか考えず、他人を蹴落とすような考えを持っていたりする。

 

それに、悪いやつは、外見が対人関係において重要な要素である、なんていうことは百も承知のはずで、わざわざ悪そうな感じを出すわけがない。

だからいい人っぽい外見をしているのだ。

 

もちろん、それを逆手にとって、悪い外見、怪しそうな外見をあえてそのまま出すという手もある。

「悪そうな外見をしている人は実はいい人」説を逆手にとり、

「あれ、この人悪そうな見た目だけど、実はいい人なんじゃないか?」

と思わせる行動をとり、実際は本当に悪いやつ、というタイプ。

 

こんなことを考え出すと、人間不信になりそうである。

 

悪いやつはとんでもないところにいる。

 

では、どうすればそういう悪いやつを見分け、良い人と付き合うことができるのか。

また、本当に良い人なのに、「実は悪いやつなのでは?」と疑ってしまう人間不信から解放されるにはどうすればいいのか?

これが問題だ。

 

その問題を考える前に、

「そもそも良い人、悪い人とは何か?」を考えなくてはならない。

 

それは突き詰めて考えて、身も蓋もない言い方をすると、

「自分が付き合って得する人かそうでないか」の違いだと思う。

 

心根が優しく、思いやりがあり、愛情豊かな人というのは間違いなく良い人だ。

では、なぜ、それが良い人なのか。

それはそういう人と付き合うことで、自分もそうした感情を得やすくなるからだ。

そうした感情を得ると、幸福感が得やすい。

つまり気持ちがいい。

自分が得をする。

 

悪い人とはどういう人か。

自分が損をする人だ。

それは金銭面だけではない。

感情面でも損をする人だ。

まあ、だいたいそういう人はわかりやすくて、ほとんど誰も近づかないだろうから、ちょっと気をつけてればすぐ避けられる。

気をつける以前に、もう感覚的に合わないから、それはいい。

嫌いだ、という感情があるのなら、それは損だし、わざわざ近づかなくてもいい。

 

問題は、良い人の皮を被っているやつだ。

昔からよく言われるように、甘い話ばかり持ちかけてくるのは怪しいと見て良い。

うさんくさいセールスに嫌気がさすのは、そういうのがあからさまに感じられるからだろう。

もっとうまいやつは、それを感じさせないテクニックを持っている。

 

悪いやつとは、自分の本心を隠し、人を欺くことで、こっそり利益を得ようとするやつだ。他人が損をしても、何とも思わないやつのことだ。

付き合うと、気づかないうちに自分が損をするような奴。

そいつらは、本当に抜かりなく良い人の皮を被るので、見分けるのが難しい。

しかし、本心がフッと出る瞬間がある。

それはある瞬間の表情だったり、ある問いかけにポロっと本音が漏れたり、

そういう瞬間だ。

それを注意深く観察するしかない。

 

だが、感覚が鋭い人であれば、

もうパッとみて「あ、こいつ悪い奴だな」とわかってしまう。

人生の達人的な人には、一発でばれてしまう。

それは、言葉にはできないけれど、「なんかこいつ嫌だ」という程度の感覚だ。

それは実は結構当たる。

もちろん、それがまちがっている場合もある。

しかし、そういう感覚があった、ということは覚えておいて損はない。

 

しかし、ここまで書いてきて自分でも思うのだが、

こんな「良い人と悪い人を見分ける」的な接し方をする人とは付き合いたくないな、ということ。

じゃあどうすればいいのだろうか。

 

自分の得を考えずにひたすら貢献しろ、というのは嘘だ。

もしそうだとしても、そういう行為をする気持ち良さみたいのはあるはずだから。

かといって、自分の得だけを考えると、悪い奴になる。

 

たぶん、いま、答えがでた。

 

自分だけが得をする、がポイントだ。

 

良い人は、自分も得するし、相手も得する、

近江商人の「三方よし」的な発想を持つ人だ。

 

悪い人は、相手が得しようが損しようがお構いなし。

自分だけよければ良い、とする人だ。

 

だが、冷静に考えると、得をする人が増えれば増えるほど、

幸福感も増えて、結果的には得をする。

 

ナイキは数あるスポーツブランドの中からどうナイキを選んでもらえるか、も考えるが、そもそも「スポーツ人口」を増やしちゃえば、みんな得するんじゃね?という考え方も持っているらしい。

 

この考え方に近い。

 

逆に、自分だけが得をする、となると、意外と、その満足感は低いのではないか。

つまり、自分だけが得をする、は実は損なのではないかということ。

悪い人は、実は自分に対しても結果的に悪い人になってしまっているのだ。

 

良い人は、自分が得をすることももちろん大事にするが、

それと同じくらいにまわりの人にも得をさせようとする。

それは、結果的に自分も得をするとわかっているから。

 

もう最初から、「おれはこういう得をするから嬉しい。しかし、あなたもこういう得があるから嬉しいはず」

と種明かしをしちゃう。

自分の得を正直に打ち明けてしまう。

その上で、みんなも得することを考える。

これが良い人だと思う。

 

悪い奴は、自分一人だけで得を独り占めしようとするやつのことだ。

しかし、長期的に見て、それは本当に得なのかどうか、わからない。

 

「なんかこいつ嫌だな」と感じるのは、

そいつが自分の得にしか関心がなさそう、と直感でわかるからではないだろうか。

 

それだったら、自分の得に正直になっている人の方がまだマシだし、というかそこからはじめるしかないのだ。

自分が得をする、そして相手も得をする、そういうことだけやっていれば必然的に良い人にならざるを得ない。

 

一見悪そうに見える人でもやっぱり良い人、というのも、結局は人のためを思って行動できているかどうか、の違いなのだ。

厳しい人は、甘い言葉でごまかして安易に喜ばせることをせず、本当に正直に相手の実力を見つめ、適切な助言をしてくれる。本質的に得をさせてくれるような人であるという点で、優しい人だ。

 

kazfumi.hatenablog.com

 

そして、「この人は良い人そうだけど、実は悪い人なのでは?」という人間不信から解放されるには、「自分はどういう得をするのか?」を考えている自分がいることにまず気づくべきだし、結果的に損をするかもしれないが、「この人は絶対に良い人だ」と信じてその人と向き合うこと、それ自体が得であり、徳でもあるはずなので、結果的に損はしない。

なぜ得になるのか。

そういう態度を貫くことで、他の人が「あの人は自分の価値観に正直な人だ」とわかりやすくなることで、良い人が寄って来やすくなるし、もしそれで裏切られたとしても、裏切った方は「あいつは悪い奴だ」と自然とバレてしまうので、結果的には損をする。

そして裏切られた自分にも落ち度はなかったか、と考えて、より慎重な行動をすることになるので、今後裏切られる機会が減る。そのうち、パッと見て「あ、コイツはだめだ」とわかる嗅覚が身についてくる。つまり、裏切られても、今後の勉強にできる。

 

「あの人は良い人だ」と信じてしまうこと。それ自体が結果的に得することになる。

 

こんな感じのことを

 

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

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あたえる人があたえられる

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愛するということ

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これらの本で学んだ。

おすすめ。