ハレバレとニッコリ笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

悩みを課題に変換する②

昨日書いた記事を以下のブログで言及していただいた。

www.saki-imamura.work

 

ありがとうございます。

こうしてフィードバックがあると、より考えが進むのでありがたいです。

 

 

昨日の記事のなかで、ぼくは「悩む」ということは、「自分にとって都合の悪い答えから目をそらしている状態」なのではないか、と書いた。

 

kazfumi.hatenablog.com

 

 

一方言及していただいたブログの方では、

「悩み」とは問題が大きすぎて対応策がわからなくてどこから始めたらいいのかわからない人、もしくは対応策がわかっているけど一歩踏み出せない人の「勇気の欠如」からくるものではないか、という内容だった。(違っていたらごめんなさい。)

 

 

でも、根本では言おうとしていることは一緒なんじゃないかな、と思う。

 

つまり、

「問題が大きすぎてどこから始めればいいかわからない」という状態は、「何が本当の問題なのか?」と考えることから目を背けている状態だといえないだろうか。

 

とりあえず「どうしようどうしよう」と考えるフリでもしなければ落ち着かないからそうしているだけなのではないか。

「考える」よりも漠然とウンウン悩んでいる方が、自分にとって都合がいいと(無意識的に)判断しているから、いつまでたっても進まないのではないか。

 

なぜなら、本当に考えようとすると非常にエネルギーを使うし、認めたくないリスクもわかってくるだろう。それをひっくるめて「考える」のはしんどい。

その「しんどい作業をするしかない」という「答え」から目を背けて、「どうしようどうしよう、」と漠然と悩む方が、ラクだと判断しているのではないか。

 

せっかく思考体力をつかうのならば、そんなことに消費するのはもったいない。

「悩む」のをやめて「考える」ほうへ行った方がいいと思う。

まずは「一体なにが本当の問題で、どういう答えを求めているのか」を確認するところから始めてみてはどうだろう。

これは「何が何やら分からない悩み」を「答えの出せる課題」に変換するということだ。

 

では、そうして「考えた」結果、対応策がわかったとしよう。

それでも実行に移せない場合がある。

なぜ対応策がわかっているのに実行に移すことができないのか。

「勇気の欠如」の問題なのか。

 

 

なにかを実行に移す、ということは、現状の何かを変えるということだ。

一方、「勇気の欠如」によって行動に移せない、ということは、つまり「現状維持」を選択しているということだ。面倒臭い、とはそういうときに起こる感情だ。つまり現状維持の方が自分にとって都合がいいと判断している、と考えられる。

 

行動を起こす、ということはなんらかの変化を起こすということだ。

勇気とは、その変化を受けいれることではないか。

 

勇気を出すためには、「変化によって何がどうなるのか」を冷静に考えればいいのではないか。

「どうしよう、行動しようか、しないか」と悩むのは、「変化によってどうなるのか」という「答え」を出すことから目を背けていることなのではないか。

 

だいたい、リスクもわからないままに、無闇に行動して大ヤケドする、というのは本当の「勇気」と言えるだろうか。「無謀」というほうがいいのではないか。

 

もちろん、リスクを考慮した結果、「現状維持の方が良い」と判断したのなら、それは立派な決断だし、ある種の行動ともいえる。

 

 

「勇気がでないから行動しない」というみせかけの理由ではなく、

「勇気が出ないのはなぜ?この行動による変化の何を恐れているのか?リスクはなにか?」という「答え」をみつめることをしたほうがいいのではないか。

 

上のブログでは、こうした分析を「質問力」としていたが、まさしく、質問力をつかうことこそ、「考える」ということであり、「悩み」を「課題」に変換するということであり、「答え」を設定することなのではないか、と思う。

 

そして、リスクがあるにも関わらずそれでもやる、を支えるのは情熱であり、

 

質問力+情熱=勇気

 

はたしかに、なるほどなあ、と思った。

 

「勇気の欠如」は、質問力の不足、そして情熱の不足ということだ。

勇気をだすには「悩む」のをやめて「考える」ことをすればいい。

おわりに

この記事を書くにあたって、もう一度自分の書いた昨日の記事を読み返してみたのだが、どうも消極的な感じがする文章になっていた。

たぶんそこに違和感を感じられたのではないか、と思う。

 

「思い通りにならないことを認めること」と

「思い通りにするためにはどうすればいいのか」ということは表裏一体なのだと思う。

簡単に実現できるようなことであれば悩みは発生しない。

 

一筋縄ではどうにもならない、思い通りにならない、ということを一旦認めた上で、

「じゃあ思い通りにするためにはどうするか」という風に考えられたならば、それはもう「悩み」から抜けて、「考える」ことができているのだと思う。

 

 

ああ、文章って難しい。

思い通りにかけない。

でも、書くことで少しずつ自分の思考が整理されているのは実感しているし、これからも続けていこうと思う。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。