ハレバレとニッコリ笑う人生を

日々、考えたことをまとめています。

散歩と思考

今日は快晴で、風も心地よかったので、まあまあの距離をブラブラ散歩した。

 

 

歩くというのは実に素晴らしいことだなあ、と改めて思ったので、忘れないうちに書いておこうと思う。

 

哲学×散歩

昔から、哲学者はよく歩く人たちだったようだ。

ソクラテスは街中をブラブラ歩いて、人に会うたびに「真善美って何か知ってる?」とふっかけまくっていたらしい。

ソクラテスの孫弟子にあたるアリストテレスは弟子たちとほっつき歩きながら議論していたので、「逍遥学派」とも呼ばれている。

カントは毎日かなり正確に決まった時刻に近所を散歩していたので近所の人たちは彼を時計代わりにしていたとか。

京都には銀閣のすぐ近くに「哲学の道」という桜の綺麗な道があるが、これも哲学者の西田幾多郎らがここをよく散歩に使っていたからだとか。

 

考えるプロである彼らが散歩を愛していたのは、やはりなにか理由があるだろう。

クリエイティブ×散歩

哲学者でなくとも、クリエイティブな人たちは昔からよく散歩にでる。

画家、小説家、写真家、建築家、詩人、ミュージシャン・・・などなど。

 

松尾芭蕉の「奥の細道」なんて壮大な散歩と捉えることもできるし、

西行法師も壮大な「散歩」をしていろいろなうたを残した。

種田山頭火も全国ほっつき歩きながら面白い俳句を残し、

スティーブジョブズもよく散歩をしながら大事な話し合いをしていたらしい。

空海も全国各地を旅し、ファンタジー作家もびっくりの伝説を残しまくっている。

踊り念仏の一遍上人も全てを捨ててしまって、唯一したことが遊行だった。

伝説の貼り絵画家の山下清も全国各地を放浪しながら作品を作った。

 

彼らは、人類史上に残るようなクリエイティブな人たちであるが、共通していることは「散歩」だ。

 

頭をつかうことと、歩くこととは密接な関連がありそうである。

 

ヒト=直立二足歩行する動物

これは人類の起源にまでさかのぼってみると納得がいく。

人類と類人猿を分けるのは「直立二足歩行をするかどうか」だ。

歩くから、人間なのだ。

 

 

抽象的なことを考えるとか、言語によるコミュニケーションとか、道具を使うとか、そういったこと以前に、まず「歩く」があるのだ。

 

「歩く」がまず一番最初にあって、「考える」はその次だったのだ。

 

赤ちゃんを見ていても、ハイハイが終わってやっと立てるのとほぼ同じ頃ぐらいから、意味の通じる言葉を発するようになる。

認知症も、寝たきりになってから急激に進行し、言葉も失うようになるようだ。

 

生物学的に、人類は歩くからこそなんらかの刺激が脳にもたらされて思考が促されるようになっているのだろう。

 

ということは、思考がうまく働かないときというのは、案外、歩く時間が少なすぎるのかもしれない。

 

頭を働かせたいなら、歩く。 

モヤモヤとして頭がすっきりしない時というのは、大抵座り込んでジッとしている時だ。

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こんな感じに。

 

そんな時は思い切って散歩に出てみるといいかもしれない。

http://images.goodsmile.info/cgm/images/product/20141014/4685/30966/large/f6a3d9ac3ea2e8f50e190164d2bf8049.jpg

 

こんな感じに。

 

ところで、このフィギュアはとても完成度が高く、部屋に置いとくだけでちょっと愉快になるのでおすすめだ。

https://www.presepe.jp/wp-content/uploads/2014/10/P0122217.jpg

話が逸れてしまった。

 

散歩のススメである。

散歩をしていると、テクテクテクテクという単純なリズムによって頭のなかのモヤモヤが整理されて、溶け出していくような感覚になる。

 

また散歩に出ると、面白い場所を見つけたり、何気ない日常風景からなんらかのヒントを得られたりもするので、さらに思考が進む。

 

日本の自殺率を下げるためには散歩したくなる街を作れば良いのでは説

日本人の自殺率は相変わらず高く、精神を病む人も相変わらず多い。

これも歩く機会の減少と関係がありそうである。

 

逆に幸福度ランキング上位のスウェーデンは以下の記事にあるように、素敵な森の中を歩く習慣のある人が多いようだ。

tabi-labo.com

 

日本には、散歩に適した場所が少なすぎるのではないか。

せっかく森林に恵まれているにも関わらず、「ちょっと山に散歩に行ってくるわ」ということにはあまりならない。

 

良い街というのは実は散歩に適した場所があるかどうかで決まるのではないか。

 

散歩したくなる街というのはどういう街だろうか。

まずは自然が豊かで、空気がきれいなところ。もしくはそういう所へのアクセスが簡単なところ。

それなりに人が集まっていて、さまざまなアクティビティがあること。人間観察は散歩の醍醐味のひとつだ。

そして散歩している人同士が交流できるような場所があるところ。今の所公園ぐらいしかなく、ちょっと溜まることができるようなスペースが今の日本には少なすぎるように感じる。 それは機能優先で、無駄を省こうとする「頭の良い人たち」の悪い面が出すぎたせいなのかもしれない。

 

こんな素敵な街なら、人は散歩に出て豊かにコミュニケーションをとり、「あいつ最近顔をみないな」ということが気づきやすい環境となり、自殺率も下がるんじゃないか。

 

散歩の肉体的な効果と共に、「散歩がしやすい街」というのは精神的にもすごくいいだろうと想像する。

日中に誰でもが、フラっと散歩できるような時間的余裕を持てれば、精神的にもとても良いだろう。

 

僕が今滞在している出雲はその点からして、かなり良い街であると言えると思う。

人々はみな穏やかで、道ですれ違えば自然と挨拶ができる。

豊かな自然に恵まれ、空気がうまい。

 

出雲で有名な陶芸工房の出西窯に行ってきました。 | 出雲ゲストハウス いとあん 公式サイト-Izumo hostel itoan-

↑こないだ、といっても4月だが、そんなブログも書いたのでよかったらぜひ。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。